会いに行く相手より、行かない相手を決める
執筆:オペラシンフォニー
半年で八十を超える家を相手にした黒田長政。だが、その仕事の半分は「口説くこと」ではなく「口説かない相手を決めること」だった。営業のいちばん難しい判断の話。
半年で八十を超える家を相手にした黒田長政。だが、その仕事の半分は「口説くこと」ではない。「口説かない相手を決めること」だった。
誰に会い、誰を動かすか。営業のいちばん難しい判断が、ここにある。
① 口説かない相手を決める
返事が出そろい、長政は名簿を三つに分ける。すでに東と決めた家は「会っても増えない」から会わない。西と決めた家は「こちらの手の内を教えて帰ることになる」からもっと会わない。会いに行くのは、「迷っていて、かつ動けば盤が変わる家」だけ。十七家が、六家になった。
そして、三度通った家すら消す。「通ったのはこちらの都合だ。向こうは一度も、こちらに賭けていない」。通った回数を惜しんで残せば、残りの日を、その家に食われる。
会いやすい相手に通うのは、楽だからだ。楽な家に三度通い、重い家に一度も行っていない。名簿は、自分の弱さの形をしている。営業の巧拙は、どこへ行ったかではなく、どこへ行かなかったかで出る。
② 説いて動かないなら、盤を変える
長政の父・官兵衛は、叛いた城へ単身で説きに入り、一年牢につながれ、体を壊した。そこから彼は「人は説いても動かぬ。盤を変えろ」と学んだ。息子は逆に「盤は変えられぬ。一件ずつ説く」を選ぶ。同じ失敗から、父子は逆の答えを出した。
相手が動かないとき、言葉を重ねるのか、状況そのものを変えるのか。どちらも正しい。自分がどちらの型かを、知っておくことだ。
そしてもう一つ。安芸の門を開けたのは、長政の言葉ではない。父が三十年かけて置いた通り道だった。何もない所から始まる商いは、ほとんどない。まず数えるのは、自分がすでに持たされているものだ。
③ 判を押せる人と、動かせる人は、別にいる
毛利の当主には会えない。だが実権を握るのは従弟の吉川広家で、その広家は「判が押せない」。長政は、頼み方を変える。「東につけ」なら当主の判が要る。「戦うな=動くな」なら、広家の一存で足りる。
何かをするには承認が要る。だが、何もしないことには、要らない。売るものを、また小さくした。相手の組織で「誰が本当に決められるか」を見極め、その人が承認なしにできる範囲まで、頼みを削る。
ただし――承認のいらない約束は、取り消すのにも承認がいらない。判を押していない者は、押していないと、あとからいくらでも言える。安く通った話には、安いなりの理由がある。
④ 客の中に、味方を一人つくる
小早川には、三度、門前払いされた。長政は四度目に行かない。「外から説いた言葉は、その場では効く。だが帰ったあとに残るのは、内の言葉だけだ。夜、枕元で言い続ける者が勝つ」。
だから、家老に手紙を一通。「東につけ」とは書かず、「この家を、どうなさりたいか。それだけを伺いたい」と、問いを一つ置く。説き伏せた相手は、こちらの言葉を喋る。それでは家中で負ける。自分の言葉で語る味方だけが、内で勝てる。
外から売り込むより、相手の内側に、自分の得で動く味方を一人つくる。それが、いちばん安くて、いちばん効く。
まとめ
会わない相手を決める。動かないなら盤を変える。判の在りかを見る。内側に味方をつくる。
営業は、足の速さではない。どこに足を使わないかを決められるか。それができる人が、限られた日数で、いちばん多くを動かす。
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現役の頃、私は「会いやすい客」に通いすぎていた。話が通じて、感じがよくて――でも、たいてい買わない客だった。感じのよさに三度通う自分を、長政の名簿に見透かされた気がする。行かない勇気のほうが、ずっと難しい。
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お金の使い方も、「誰に会うか」と同じで、先に決めると楽になります。