「走れ!」って、つい言っちゃうけど
執筆:オペラシンフォニー
足が遅い、体が重い。試合中、つい「走れ!」って言いたくなりますよね。でも、その子には、その子の戦い方があるのかもしれません。足の速さとは別の武器の話です。
足が遅かったり、体がぽっちゃりしていたり。そういう子が試合に出ていると、つい、言いたくなりますよね。「走れ!」って。
コーチも言う。まわりも思う。そして、正直、親のこっちも、心の中で思ってたりする。もう少し動けたらなあ、って。
でも、いちばんそれが分かってるのは、たぶん、本人なんですよね。走れないことを、誰より知ってる。
私が書いている『背番号と請求書』に、そういう子を書きました。足は遅い。体も重い。走り合いになると、細い子に、すっと抜かれていく。
でも、この子、よく見てるんです。相手のことを。
「あの子は速いけど、いつも右にしか行かない」。そんなふうに、ちゃんと観察してる。だから、走って追いつけないぶん、相手が来る前に、その場所に先に立っておく。先回りするんです。
走って追いつく一歩より、その段取りのほうが、速い。「来る前に、そこにいれば、間に合う」。この子は、そうやって、自分の戦い方を見つけていきます。
これ、足の速さとは、まったく別の武器なんですよね。派手じゃないから、見逃されやすいけど。
書いていて、私がいちばん気に入っているのは、この子のお母さんの聞き方です。
試合から帰ってきた子に、お母さんは「何点取った?」とも「どれだけ走った?」とも聞かない。ただ、「今日はどうだった?」と聞くんです。
すると子どもは、こう答える。「速い子がいた。抜かれたけど、右にしか行かない子だった」。お母さんは、笑って言います。「よく見てるね」。
この会話、いいなあと思って。点でも、勝ち負けでもなく、その子が「何を見て、何を感じたか」を聞いてる。だから子どもも、素直に話せる。
もうひとつ。この物語には、無理をして体を壊してしまった、お兄ちゃんも出てきます。早くから走り込んで、追い込んで。でも、その無理がたたって、伸びるはずだった体まで、途中で止まってしまった。
だからでしょうか。この子の家では、「痩せろ」とは言いません。「食べなさい」「寝るのも練習のうち」。焦らず、体を守って、育てている。
つい「もっと走れ」と言っちゃう気持ち、すごく分かります。私も、たぶん言っちゃう。
でも、そのひとことをのみ込んで、その子の戦い方を、いっしょに探してあげられたら。足の速さでは測れないところに、その子の良さが、ちゃんとあるかもしれないから。
足が遅くても、大丈夫。その子には、その子の一手が、きっとあります。
足の速さと成長の関係は、50m走のタイムと、成長の目安で見られます。家でできる練習は、家でできる練習と道具にまとめています。