教室のわが子は、どんな顔をしてるんだろう
執筆:オペラシンフォニー
グラウンドでは元気いっぱい。でも、学校では? サッカーに一生懸命な子ほど、教室では、ちょっと疲れた顔をしているのかもしれません。子どもの「もう一つの顔」の話です。
サッカーをがんばっている子って、グラウンドでは、すごくいい顔をしてますよね。
大きな声を出して、走り回って、目がキラキラしてる。親としては、それを見てるだけで、うれしくなります。
でも、ふと思うんです。学校でのわが子は、どんな顔をしてるんだろう、って。
私が書いている『背番号と請求書』にも、こんな場面を入れました。土日の遠征でくたくたになった子が、月曜の授業中、うとうとしてしまう。黒板の内容も、半分くらいしか頭に入っていない。
書きながら、あー、と思いました。がんばってる分、どこかで、しわ寄せは来ているんですよね。
しかも、その大変さって、まわりには、なかなか伝わらない。
クラスの子に「日曜、何してた?」と聞かれても、「片道三時間かけて遠征に行って、試合して、帰ってきた」なんて、うまく説明できない。「大変だね」で、会話は終わってしまう。先生からは、「集中力に欠ける」の一言だけ。
家では元気にボールの話をする子が、教室では、ちょっと眠そうな、目立たない子だったりする。どっちも、同じ、わが子なんですよね。
でも、その「もう一つの顔」を、親も、意外と知らなかったりします。
同じ物語に、逆の場面も書きました。いつものチームを離れて、別の場所——地域の選抜みたいなところ——に行くと、子どもが、また違う顔を見せる。誰も気を遣わない、遠慮のいらない場所で、生き生きとプレーする。
子どもって、場所によって、いろんな顔を持ってるんですよね。強気な顔、疲れた顔、甘えたい顔。その全部が、その子です。
私たち親が見てるのは、たぶん、そのうちの一つか二つ。送り迎えの車の中、夕ごはんのとき、寝る前。限られた時間の、限られた顔。
だからこそ、たまには、聞いてみたいなと思うんです。試合のことじゃなくて。「学校、どう?」「最近、疲れてない?」って。
きっと「べつに」とか「ふつう」とか、そっけない返事が返ってくるんですけどね。うちも、たぶんそうです。
それでも、聞くこと自体に、意味がある気がしています。「あなたのこと、サッカーだけじゃなくて、ちゃんと見てるよ」。それが、少しでも伝わればいいなと。
グラウンドのいい顔も。教室の眠そうな顔も。どっちも大事に、見ていきたいですね。
練習のある日に、宿題へ使える時間が実際どのくらいかは、練習のある日、宿題に使えるのは何分?で計算できます。長い目で見たときの費用や時間の考え方は、子どものサッカーは、長期投資に似ているにもまとめました。