家康は、生きているうちに譲った ―― 認知症による資産凍結と、家族信託
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執筆:オペラシンフォニー(元大手証券の営業15年/CFP)
秀吉は、幼い秀頼に天下を託しきれないまま世を去った。家康は、元気なうちに将軍職を譲り、後ろから支えた。親の判断力が衰えたとき、家族のお金はどうなるのか。認知症による資産凍結と、家族信託の仕組みを整理する。
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1598年、豊臣秀吉はわずか6歳(数え年)の秀頼を残して世を去った。五大老・五奉行に後を頼んだが、その仕組みは2年と持たず、関ヶ原の戦いへと崩れていった。一方の徳川家康は、1603年に将軍になると、わずか2年後の1605年に将軍職を息子の秀忠へ譲った。自らは大御所となり、のちに駿府へ移ってからも、後ろから政治を支え続けた。判断できるうちに託し、託した後も見届ける。豊臣と徳川、二つの家のその後を分けたのは、兵の数だけではなく、この「託し方」の差でもあったのかもしれない。
四百年後の私たちにも、同じ問いがある。親の判断力が衰えたとき、家族のお金はどうなるのか。
認知症になると、お金は「凍る」
まず数字から見ておきたい。厚生労働省の研究班の推計では、2025年の65歳以上の認知症の人は約472万人、高齢者の12.9%にあたる。その手前の段階とされる軽度認知障害(MCI)も約564万人いる。2022年時点では、両方を合わせると高齢者のおよそ4人に1人以上になる。出典:認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究(九州大学 二宮利治教授)、厚生労働省資料
親が認知症などで判断能力を失ったと判断されると、本人の名義の財産は、本人の意思を確かめられないために動かしにくくなる。預金の引き出しや定期預金の解約、自宅の売却、保険や証券の解約といった手続きが止まる。いわゆる「資産凍結」だ。
もっとも、まったく動かせないわけではない。全国銀行協会は2021年に、成年後見制度を使っていない場合でも、医療費の支払いなど本人の利益になることが明らかなときは、親族による代理の引き出しに応じる考え方を示している。ただしこれは各銀行の参考となる考え方で、一律の対応を求めるものではない。まとまったお金を動かしたり、自宅を売って介護費に充てたりといった場面までは、この方法では対応しきれない。出典:全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方」(2021年2月18日)
成年後見という道と、その重さ
判断能力が衰えた後の備えとして、国が用意しているのが成年後見制度だ。家庭裁判所が後見人を選び、後見人が本人に代わって財産を管理する。
ただ、成年後見は「本人の財産を守る」ための制度なので、財産は維持が原則になる。資産の運用や、相続を見すえた対策は、原則としてできない。また、弁護士や司法書士などの専門職が後見人になると、報酬がかかる。東京家庭裁判所の目安では、管理する財産が1,000万円以下で月2万円、1,000万〜5,000万円で月3〜4万円、5,000万円を超えると月5〜6万円だ。本人が亡くなるまで続くことが多い。出典:第二東京弁護士会(東京家庭裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」)
なお、この制度は変わる途中にある。2026年6月に民法の改正が成立し(6月24日公布)、「後見・保佐・補助」の3つの類型は原則「補助」に一本化され、必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば利用を終えられるようになる。施行は2028年度ごろの予定で、それまでは今の仕組みのままだ。出典:WAM NET「成年後見制度の見直し」(2026年8月)
成年後見には、元気なうちに後見人を決めておく「任意後見」もある。いずれにしても、本人が判断できなくなった後の制度という性格が強い。
家族信託は、「持つ人」と「管理する人」を分ける
そこで、判断できるうちに打てる一手として注目されているのが、家族信託(民事信託)だ。2006年に信託法が大きく改正され、信託銀行などに限らず、家族を担い手にした信託が使いやすくなった。
仕組みには3つの役がある。財産を託す人(委託者)、託されて管理する人(受託者)、財産から生まれる利益を受け取る人(受益者)だ。たとえば、親が委託者兼受益者になり、子が受託者になる。親の自宅や預金の管理を子に託しておけば、親の判断力が衰えた後も、子が契約の範囲で管理や売却を進められる。そのお金は、受益者である親のために使われる。
身近な例でいうと、投資信託がこれに近い。投資信託を買った人は運用の損益や分配を受け取るが、ファンドが持つ株の議決権を行使しているのは運用会社だ。利益を受け取る人と、管理して権利を使う人が分かれている。家族信託は、この「分ける」という発想を、家族の中の財産に当てはめたものだと考えると分かりやすい。
私は証券会社時代、研修で半年間信託銀行に出向し、その後ウェルスマネジメントの現場で、ある企業オーナーから家族の資産の行き先について相談を受けたことがある。弁護士と何度も協議を重ねて分かったのは、信託は数字の道具である以前に、「想いを形にする道具」だということだった。同時に、法律でできることには線があり、その線を引けるのは専門家だけだ、ということも学んだ。
家族信託は、万能ではない
魅力のある仕組みだが、限界もはっきりしている。
- 費用がかかる:専門家への報酬は、信託する財産額の1%程度(最低30万円程度)が一つの目安とされ、公正証書や登記の費用も加えると、総額で数十万円から100万円を超えることもある。
- 身の回りの契約はできない:施設への入所契約など、本人の生活や介護に関わる手続き(身上監護)は、家族信託ではカバーできない。任意後見と組み合わせて備えるのが一般的だ。
- 損益通算ができない:信託した不動産で出た損失は、他の所得と相殺できないなど、税金の扱いに独特の注意点がある。
- 信頼できる受託者が要る:託される家族には、管理と記録の責任がかかる。家族の中での合意も欠かせない。
出典:LIFULL介護「家族信託とは?費用や契約方法、成年後見人との違い」
どの制度が合うかは、財産の中身、家族の関係、親の今の状態で変わる。一つの制度で全部を解決しようとせず、組み合わせで考えるのが現実的だ。
親の自宅の土地がどのくらいの評価になるかは、話し合いの前の目安として、土地の評価額の目安(路線価×面積)で確かめられる。
結論:判断できるうちに、託す
家康が将軍職を譲ったのは、老いて動けなくなってからではなかった。まだ十分に力があるうちに託し、託した後も見届けた。秀吉は、託す仕組みを作りはしたが、それが動き出すのを見届けることはできなかった。
家族信託も同じで、使えるのは親が判断できるうちだけだ。認知症になってからでは、多くの場合もう契約できない。だからこそ、親が元気なうちに、家族で一度だけでも話しておきたい。何を、誰に、どう託すのか。それは、お金の話であると同時に、親の想いを聞く時間でもある。話す前に、親のお金の全体像をおかねと暮らしの相談窓口(PR)などでFPと一緒に整理しておく方法もある。
よくある質問
Q. 家族信託と成年後見は、何が違いますか?
A. 家族信託は、親が判断できるうちに契約して、財産の管理を家族に託す仕組みです。成年後見(法定後見)は、判断能力が衰えた後に家庭裁判所が後見人を選ぶ制度で、財産は維持が原則になり、専門職の後見人には月2万〜6万円程度の報酬がかかります(東京家庭裁判所の目安)。
Q. 親が認知症になってからでも、家族信託はできますか?
A. 判断能力が失われていると、契約ができないため、多くの場合は難しくなります。軽い段階で可能かどうかは状態によって異なるため、早めに専門家に相談してください。
Q. 家族信託の費用はどれくらいですか?
A. 専門家への報酬は、信託する財産額の1%程度(最低30万円程度)が一つの目安とされ、公正証書や登記の費用を含めると、総額で数十万円から100万円を超えることもあります。財産の内容によって変わります。
Q. 親にどう切り出せばいいですか?
A. 「お金を管理したい」ではなく、「もしものとき、お父さん(お母さん)の希望どおりにできるようにしておきたい」と、親の想いを聞く形で始めると話しやすくなります。一度で決めようとせず、何度かに分けて話すのも一手です。

信託の提案に現場で関わったときの話は、noteに書いています(有料記事):契約事例(第4話)突然の依頼 ― "想い"をつなぐ信託のリアル
親が元気なうちに何を決めておくかは、家族の形や財産の中身で変わります。家族のお金を、FPと一緒に整理したい方へ。家計全体を無料で相談できる窓口があります(FPとの面談あり。申し込むと電話で確認の連絡があり、保険の提案を含むことがあります。パート・アルバイト・契約社員・派遣社員・学生の方と、69歳以上の方は対象外です)。
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家族で話し合う前に、仕組みと実例を一冊で読んでおきたい方へ。『親が認知症になる前に知っておきたいお金の話』(横手彰太・ダイヤモンド社・2017年)は、成年後見との違いも含めて家族信託を紹介しています。発行から年数がたっているので、今の制度の扱いは専門家に確かめてください。
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本記事は家族信託や成年後見についての一般的な情報提供であり、法的助言や税務上の助言ではありません。具体的な設計や手続きは、司法書士・弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。数値は記載時点の資料にもとづくもので、制度や運用は変わる可能性があります。歴史の年代や解釈には諸説あります。本サイトはアフィリエイトプログラム(PR)を含みます。